2011年12月19日

青山貞一氏が語る、八ッ場ダムが止まらない理由

 民主党政権に代わったときに、自然保護運動をしていた人たちが何よりも期待したのは大形公共事業の縮小だった。そして、八ッ場ダムをはじめとしたダムの中止。しかし、そんな期待はあっさりと裏切られ、国交省は工事を再開しようとしている。あの前原氏の意気込みはいったい何だったのか? なぜいつまでも目的を失った無駄な事業が止められないのか? そのことを東京都市大学教授の青山貞一氏がYouTubeで解説している。

八ッ場ダム工事再開問題①
http://www.youtube.com/watch?v=9F2nD_0U6Yg

八ッ場ダム工事再開問題②
http://www.youtube.com/watch?v=cRTjqvyYFXk

 全部聞くと1時間以上になるので、要旨を以下に紹介しておきたい。

**********

 現在、河川改修、砂防ダム事業、道路の付け替え、吾妻線の橋梁など、ダム本体以外はほとんど工事が終わっており、住民移転も進んでいる。川原湯温泉の移転が遅れている程度。

 当初予算は2300億円だったが、6600億円に倍増。さらに道路特別会計、水資源特別会計などをつくってお金を使っており、4600億をはるかに超えている。これ以外にも5、6千億円を使っていると思う。民主党は建設中止宣言したが、工事は止まっていなかった。政治主導といいながら、官僚主導だった。

 前原氏は中止宣言した。しかし、国交省はダムの必要性について関係自治体や下流域の建設費を負担している都県の知事にも意見を聞き、有識者にも検討させた。今まで推進してきた知事に検討させて不要だということになるわけがない。国交省の有識者会議は一部慎重派が数名いるが、過半数は推進派など御用学者。このような国交省の仕掛けが動き出した時点で、今の状況はわかっていた。同じような例として長野県の浅川ダムがある。田中康夫さんが脱ダム宣言したのに行政手続きはまったく止まっておらず、政治主導にならなかった。こうしたことの背景には、政治家が行政手続きや計画確定手続きを理解しておらず、行政の思うままになっていることがある。

 日本の住民裁判はほとんど勝てないが、和解に持ち込めたものも含めると勝訴は6%程度。八ッ場ダムは国の直轄事業なので、国を相手に裁判ができない。そこで、応分の負担をしている地方自治体に対して差し止め請求裁判を起こした。その後損害賠償も複数起こした。裁判を起こした側の弁護士は、オンブズマンをやっているような名うての弁護士だったが、奇妙なことに自治体相手に起こした裁判であるのに関わらず、事業者側つまり国なり県の側にいる弁護士は同じだった。同じような理由でみんな負けてきた。大手メディアは裁判で何が主張されていたか、何で負けたのか、一切報道しなかった。

 行政訴訟の本質的問題がある。日本の行政訴訟では原告適格でほとんど却下。実質審議に入っても勝つことはきわめて稀。情報公開裁判はけっこう勝つが、時間がかかる。勝ったときはダムができてしまっている。行政訴訟は機能不全になっている。

 八ッ場ダムの場合、長野原町の住民が原告にほとんどいない。地域住民はお金をもらって移転するなどしてしまった。環境問題に関わっている人や税金の無駄遣いを問題にしている弁護士たちが起こした裁判になった。裁判を起こした側が計画高水というダムの根拠に深入りし過ぎ、何年も費やしてしまったという方もいる。そこにも敗因があったのではないか。

 八ッ場ダムの計画はカスリン台風の洪水被害が大きなきっかけになっている。しかし、ダムを造ろうとしたときに、吾妻水系の酸性水によって鉄やコンクリートがとけてボロボロになる、という問題が起こった。そのことは国交省も認めている。そこで品木ダムをつくり、石灰で酸性水を中和した。これで酸性水は改善されたが、品木ダムに大量のヘドロが溜まり、浚渫しなければならなくなった。そのヘドロにヒ素が高濃度に入っていた。この問題については高杉晋吾さんが指摘している。

 カスリン台風は大昔の洪水で、そのあと利根川水系に多くのダムが造られ、最後に残ったのが八ッ場ダムだった。洪水が防げることはほとんどないというのが専門家の意見。地質がもろく、土砂が堆積する。利水では、東京、埼玉、群馬などの水利用量は減っている。農業用水の需要もそれほどない。工業用水も同じ。発電も、中小水力がたくさんある。目的が失われている。国交省は、ダムをつくれば観光地となり地域の活性化になるといっているが、そんなことはまずあり得ない。国はデータを出さず、ほとんど水かけ論。いつまでたっても埒があかず、時間がたってしまった。

 八ッ場ダムはアセス法ができるはるか前の古い事業で、アセスも役割を果たしていない。日本のアセスでは、経済性は除外され公害と自然破壊のみ。吾妻渓谷はすばらしい景勝地であったが、すでにそれは破壊されてしまった。アセス法ができたときに、本格的アセスをするべきだったが、アセスの実質適用除外になってしまった。

 パブコメも聞き置かれるだけ。ダムがいいのか、河川改修がいいのか、いろいろな代替案があっていいが、日本のアセスは代替案をもとにやっていない。アメリカの環境アセスは、代替案の検討を義務付けている。日本ではアセスが行われる時期が非常に遅く、工事が進んでしまう。しかしアメリカはそういうことがクリアされている。米国では、スネールダーターという絶滅危惧種の小さな魚が見つかったあと、ほとんど出来ていたダムをやめて魚を守ることを選んだ。日本は、どこまで利権的な世の中なのか。

 日本は異常に公共事業費が多い。1996年時点で、日本の公共事業費はアメリカの3、4倍。その後も日本はずっとダントツで公共事業費の割合が大きい。道路、空港、ダムをつくってきたため。バブルのころは5、60万社の土建業者があった。それがバブル崩壊後もほとんど減らなかった。政治家と官僚が事業をつくりつづけた。

 政、官、業、のほか学、報(マスコミ)が強固なペンタゴン(五角形)をつくっている。原発問題も同じ。学者はとりわけ罪深い。東大が道路系、京大が水系を牛耳ってきた。学者は第三者的に研究するべきだが、日本は原発もダム問題も多くの学者が行政に取り込まれている。研究費をもらい、便宜をはかられ、検討会審議会の委員になる。良心的な人はせいぜい口をつぐむ。

 古くて新しい事業としては諫早干拓事業。あれも造るまえから大きな問題となりアセスもやったが、造られた。堤防の外側では魚介類が激減し、内側では水質がものすごく悪化した。反対してきた人たちが裁判して勝ったにも関わらず、国は今でも水門を開けない。日本という国は、どんなに問題があろうとお金を使おうと、ひとたび行政がやったことは立法も司法も追認してしまう。日本を象徴するような事業ではないか。

 民主党になっても法律改正をせず利権を引き継いでいる。だからといって自民党に戻ればいいというわけではないというところに最大の不幸がある。

**********

 世界の中でも日本の公共事業費がダントツに多いということを、国民は知っておくべきだろう。根っこは原発問題と何も変わらない。ごく一部の人の金儲けのために必要もない事業が造られ、国民がどれだけ反対しても無視されるシステムができあがっている。その部分が変わらない限り、いくら正論を主張しても簡単に止まらないのが日本の公共事業なのだ。利権構造の根は深い。

  

Posted by 松田まゆみ at 16:51Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム

2011年09月19日

これが音更川の堤防洗掘現場だ!


 「音更川の堤防洗掘の原因は何か?」で書いた、音更川の堤防洗掘現場を16日に見てきた。写真は上流側から撮影したものだ。




 堤防は思っていたより大きく削られており、堤防上の舗装道路もすっぽりと無くなっていて、あと一歩で完全に決壊してしまうような状況だ。テトラポットでなんとかそれ以上の浸食を防いでいる。この日は糠平ダムの放流は止められていた。だから、洗掘されたときより水量は少ないだろう。

 洗掘現場の外側(農地のある側。正確には堤内側)にはブロックが積まれ、ブルーシートで覆われた仮の堤防が造られている。決壊の危機を前に雨の中を急ごしらえで造ったのだろう。




 写真から分かるように、ここは川が蛇行しており、川の水が堤防にぶつかる格好になっている。しかし、高水敷にまで水が流れたかといえば、そうではない。下の写真のように、テトラポットの手前の高水敷の部分には青々と草が茂っており、水に浸かった形跡がない(右の裸地状の部分はテトラポットを入れる際に重機を入れたので草がないのだろう)。




 こちらはやや上流なのだが、高水敷は一部が水に浸かっただけだ。水に浸かった部分が土嚢で囲まれているが、川岸のケショウヤナギは無事だ。ここでも堤防の下部まで水は達していないことが分かる。




 ということは、洗掘時には水位はそれほど高くはなかったということだ。通常の雨なら水位が徐々に増えていくので、この程度の水位で堤防が洗掘されることは考えられない。水位がさほど高くはないのに洗掘されたということは、ダムからの放流水が鉄砲水となって一気に流れ下り、蛇行部の堤防に大きな水圧がかかったことによって洗掘されたとしか考えられない。つまり、急激に押し寄せた放流水で堤防の下部が洗掘されて削られ、そこからどんどん浸食が広がったのだろう。

 今回の台風12号では和歌山県でも大きな被害が出たが、熊野川水系にある電源開発のダムが、事前放流していなかったために空き容量がなく、台風時に放流したことが洪水被害を拡大させたのではないかという声がある。糠平ダムの放流と似たような構図だ。

 発電用のダムの場合、できるだけ貯水量を減らしたくないというのがダム管理者の本音なのだろう。しかし、台風シーズンの夏から秋にかけてはダム湖の満水と大雨が重なりやすいのだ。今回の音更川の事例も、熊野川の事例も、空き容量の確保、放流の量やタイミングなどの妥当性が問われる問題だ。
  

Posted by 松田まゆみ at 17:19Comments(3)TrackBack(0)河川・ダム

2011年09月08日

音更川の堤防洗掘の原因は何か?

 十勝地方は9月に入ってから雨続きだった。音更町では音更川の堤防が決壊する恐れがあるとして、7日午前に30世帯87人に避難指示が出された。7日付の北海道新聞夕刊(十勝版)の一面トップに大きく堤防がえぐられた写真(7日午前11時55分撮影)が掲載されている。

 この写真では確かに堤防が大きく削られているが、水位はそれほど高くはない。越流して洗掘されたわけではないのだ。なぜこの程度の水位で堤防が洗掘されたのか気になった。

 今日の北海道新聞朝刊社会面に、今回の大雨被害のことが大きく報じられていた。「音更川 天候回復後も増水 上流の雨で『時間差』」というタイトルの記事だ。

 この「時間差」について新聞では以下のように説明している。

 音更川で堤防決壊の危険性が高まったのは、大雨がピークを越えた7日朝。帯広測候所によると、上流のぬかびら源泉郷(十勝管内上士幌町)で観測した1日から7日午前3時までの降水量は433ミリで、9月の月間平均降水量の倍以上。これらが7日朝も川に流れ増水につながった。
 今回決壊の恐れが高まったのは、音更町東音更幹西1線50付近。周辺は音更川が蛇行し、両岸にほぼ垂直に堤防が立っている。増水で早まった流れがカーブした部分にあたり続け、7日午前8時ごろ、長さ約120メートルにわたって堤防が削られているのが見つかった。
 ただ、この時点の現場の水位は、帯広開建が定める「危険水位」まで約1メートルの余裕があった。堤防の一部崩壊を受け音更町は急きょ、7日午前9時から同11時ごろにかけ、避難勧告は指示を出した。開建は「今後、堤防が削られた仕組みを詳しく分析したい」とし、危険水位まで余裕があったのに堤防が削られた経緯を調べる方針。
 このほか、堤防が崩れた現場の上流約30キロには糠平ダムがある。管理者の電源開発上士幌電力所は7日午前9時半から約9時間、帯広開建の要請を受け毎秒172トンだった放水量を同80トンに絞った。

 この記事で分かるように、堤防が洗掘されたところでは危険水位まで余裕があったのだ。それなのになぜ決壊寸前まで洗掘されてしまったのだろうか? 実は、この記事の最後に「おまけ」のように書かれている糠平ダムの放流こそ、今回の堤防洗掘と大きく関係していると考えられるのだ。

 今回、音更川の流域で大雨が降ったのは上流部の糠平地区だ。ここには発電用の糠平ダムがある。このダムから取水した水はすぐ下流の黒石平で発電に利用されるのだが、実はその水は音更川には戻されない。黒石平で元小屋ダムに貯められ、送水管によって芽登の二つの発電所に送られる。そのあとさらに足寄と仙美里で発電に利用され、利別川に流れ込むのだ。つまり、糠平から上流の音更川の水は、利別川という別の水系に流されてしまう。

 下の写真は今日の午前に撮影した糠平湖。




 私は5日の夕方に糠平ダムの手前にかかる糠平大橋を通ったのだが、その時にはダムから放流は行われていなかった。雨が激しくなったのは5日の夕方からだ。そして翌6日未明には放流が行われたようだ。放流されるまでは、糠平湖の水は音更川には入っておらず、利別川に行ってしまう。音更川の水が大きく増水したのは放流後ということになる。

 新聞記事によれば、「管理者の電源開発上士幌電力所は7日午前9時半から約9時間、帯広開建の要請を受け毎秒172トンだった放水量を同80トンに絞った」としている。

 下の写真は今日の午前中に撮影した糠平ダムだ。三つある放水口のうち、一つは閉めている。




 下の写真はダムの少し下流だ。ここは、普段なら川幅の広いところでは長靴で渡れる程度の水しかない。それが濁流となっている。2009年の放流ではびくともしなかった河道に茂っていたヤナギなどがみごとに流され、景観も変わってしまった。毎秒172トンもの水を流していたときには、濁流の規模はこんなものではなかったはずだ。




 ところで、国土交通省の【川の防災情報】というサイトで調べると、下流にある上士幌橋の水位は6日の午前10時以降は「欠測」となって数値が出ていない。これは何を意味するのだろうか? 毎秒172トンという大量の放流によって水位計が壊れたのではないだろうか?

 上士幌での水位の欠測、そして蛇行部での洗掘。この二つのことから、ダムからの大量放流によって下流部で急激に水量が増し、蛇行部に大きな力が加わったのではないかと推測できる。だから、それほど水位が高くなくても堤防が洗掘されたのであり、一気に決壊はしなかったのだろう。

 とすると、今回の堤防洗掘はダムの放流の仕方に問題があったと言わざるを得ない。大雨を予測して、もっと早くから少しずつ放流をしていれば、おそらくこのような事態は防げたのではないかと思う。糠平ダムは治水用のダムではないから、夏の間に水位を下げて大雨に備えるということはしていない。だからこそ、大雨が降ったときの放流の操作は慎重に行わなければならない。放流によって一気に増水するというのはダムの弊害だ。

 このような被害が生じると、「ゲリラ豪雨だ」「水害だ」といって堤防の改修工事が始まるのが常だ。そして時として過剰な河川整備が行われてしまう。今回の事例は大雨というよりダムの管理の問題といえるだろう。ならば過剰な整備がなされるのは問題だ。

 北海道新聞が放流のことを曖昧にした書き方をしているのも不可解だ。河川管理者はしっかりと検証してもらいたい。

      

Posted by 松田まゆみ at 21:14Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム

2011年08月28日

然別川三の沢ダムのスリット工事


 27日に、然別川の三の沢砂防ダムの視察に行ってきた。この砂防ダムは魚が往来できるように2本のスリットを入れることになり、昨年から工事が始まっている。今は堆積した土砂を一部とり除き、そこまでスリットを入れた状態だが、最終的には川底までスリットを入れる予定だ(そうしないと魚道という目的が果たせない)。下の写真は下流側から見たダム。




 この工事をしているのは十勝総合振興局帯広建設管理部(旧帯広土木現業所)だ。私たち(十勝自然保護協会)はスリットではなく、堤体の中央を大きくカットするだけでよいと提案したのだが、土石流が防げないという理由で受け入れられなかった。下の写真は上流側から見たダム。




 このスリットだが、私たちへの説明では幅が1メートルとのことだった。しかし、実際には1メートル60センチほどある。しかも、堤体の上部には新たにコンクリートを付け足している。なぜこんなことをするのか意味不明だ。帯広建設管理部によると、このスリットだけでは巨岩の流下を防げないということで、スリットの部分に70センチ間隔(最下部は1.5メートル)で金属の横棒を7本取りつけることになっている。

 巨岩の流下による被害を防止しなければならないとしきりに言うのだが、ダムの堆積物を見ても巨岩らしきものはない。少なくとも1メートル60センチ×1メートル50センチの空隙を通りぬけられないような巨岩など見当たらない。だいいち、7本もの横棒を入れる必要性など全くない。無駄もいいところだ。

 下の写真では枯れて上部が折れた木が川の中に立っているのがわかると思う。これはかつて河畔に生育していたケヤマハンノキが、運ばれてきた土砂で埋まってしまったものだ。ただし、埋もれたことが原因で枯れたのかどうかは分からない。スリット化工事で堆積した土砂を取り除いたため、埋もれていた部分が出てきたのだ。




 砂防ダムを造ったために、このように河畔の木が堆積物によって埋もれていくのだ。その堆積物はシルトか小さな砂利だ。つまり、帯広建設管理部が主張するような巨岩など流れ下ってきた気配はない。




 土石流による被害を名目に巨大な砂防ダムをつくってしまったのだが、そもそもそんなダムは必要なかったのだ。なんとも無駄なことばかりやっており、工事をすること自体が目的としか思えない。

 札内川の支流である戸蔦別川の砂防ダムもスリットを入れるそうだが、おそらくこれも同じような構図なのだろう(こちらは開発局だが)。砂防ダムの弊害を何とかするための新たな公共事業だ。

 スリットを入れて土砂を流下させるのも、魚が行き来できるようにするのも反対することにはならないが、素直に評価する気分にもなれない。まずは莫大な税金を投入して問題だらけの砂防ダムを造ってきたことの反省をきっちりしなければ意味がないからだ。もちろん、そんな反省をする気がさらさらないのが見て取れるので、評価する気になれないのだ。

 余談だが、この視察には夏休みを利用して福島から北海道に疎開している二人の小学生も参加した。今日、福島に帰るとのことだったが、放射能汚染された福島県に何の罪もない子どもたちを戻さなければならないことに胸が痛む。

 砂防ダムも利権構造の賜物だし、原発も同じだ。その犠牲になるのはいつも弱者だ。お金に振り回されて人としての心を失った大人のなんと恥知らずなことか。民主党の代表選も恥のさらし合いをしているようなものだ。
  

Posted by 松田まゆみ at 21:43Comments(6)TrackBack(0)河川・ダム

2011年08月05日

ウチダザリガニを増やした機関庫川の河川改修

 去る7月25日、帯広市内を流れる機関庫川の河川改修事業について、河川管理者の帯広建設管理部(旧帯広土木現業所)による現地説明会が開催された。

 この日視察したのは帯広北高校から「まなび野公園」にかけての区間、および稲田4号橋付近だ。帯広北高校から「えがお橋」の上流までは昨年でほぼ整備が終わっている。

 長靴で渡れる小さな河川に、ずいぶん大掛かりな工事をするという印象だが、10年に1度の確率の規模の洪水を想定して断面を確保するのだという。十勝川の場合は150年に1度の確率の洪水に対応する河川整備をしているが、小中河川の場合は10年~30年に1度の確率の洪水に対応した整備をするとのこと。また、川の両側に管理道路(片方は舗装道路でもう片方は砂利道)をつけるという。

 実際に現地を見て、いくつかの疑問が浮かびあがった。まず、昨年河川改修をした「えがお橋」から帯広北高校にかけての区間で河床に玉石を敷いていること。この河川にはもともと玉石はないので、意図的に持ち込んだものだ。この玉石は特定外来生物であるウチダザリガニの格好の生息地となる。しかも、このあたりの河川敷は樹木がないために川に直射日光が当たり、藻類が付着している。これがウチダザリガニの餌にもなる。




 下の写真は「えがお橋」の上流。ここにはかつてバイカモが生育していたが、今は見られない。ウチダザリガニが採食してしまったようだ。このあたりでは、地域住民の方が河川敷の草刈りをしているという。なんとも味気ない景観だ。




 この河川改修は「ふるさとの川整備事業」として国交省から認定を受けている。では「ふるさとの川整備事業」とは何か? 以下に説明がある。

ふるさとの川整備事業(国土交通省)

 これによると目的は「河川本来の自然環境の保全・創出や周辺環境との調和を図りつつ、地域整備と一体となった河川改修を行い、良好な水辺空間の形成を図ること」なのだそうだ。しかし、「自然環境の創出」とはなんだろうか? 自然環境の保全や復元ならわかるが、創出というのは意味不明だ。神様じゃあるまいし、「創出」などとはおこがましい。こういう発想がいかがわしい「多自然型川づくり」につながっているのだろう。

 河川管理者は、洗掘を防ぐ目的で玉石を入れたと説明していたが、おそらく川の水深を均一化し、玉石を敷くことで子どもたちの水遊びの場をつくりたかったのだ。しかし、利用を中心とした不自然きわまりなりない発想によって、ウチダザリガニを増やしバイカモを消滅させることになってしまった。

 7月30日には十勝自然保護協会がこのあたりで「稲田のウチダザリガニを退治する会」を実施したが、何と684匹も捕獲された。

 もう一つ不可解なのは、河川の両側に管理用道路を整備するということだ。なぜ両側に整備しなければならないのだろう? 道路の整備は一部の樹木の伐採をすることにもなる。散策の道が欲しいのなら、遊歩道で十分だろう。両側の管理道は過剰な整備としか思えない。

 河川管理者によると、この川の隣接地に住宅が造成されたので、洪水被害を防ぐために河川改修が必要になったのだという。川の近くまで宅地開発をさせたことにも問題がある。また、洪水対策であればこれほど大掛かりな工事をしなくても、部分的な掘削と土盛りで対応可能なのではなかろうか。とにかく、工事のための整備という感が否めない。

 下の写真は豊成小学校建設地のあたりだ。奥の樹木が生い茂っているところが河畔林で、この中を蛇行して機関庫川が流れている。こういう景観が機関庫川の原風景だ。機関庫川は「キラッと帯広!景観百選」にも選定されているのだが、こうした原風景に近い河川に戻すことこそ「自然百景」にふさわしいのではなかろうか。




 この豊成小学校の隣接地にある池にも玉石を入れて整備をするらしい。

豊成小学校移転準備検討委員会ニュース

 しかし、説明会では池の整備についての説明は一切なく「ここの部分は管理用道路をつけるだけで基本的に手をつけない」と言っていた。

 水辺の空間を散策などに利用するのはいいのだが、本来と異なる環境を創出するなら自然破壊でしかない。自然の池と人口の池の位置づけを履き違えたような整備も疑問だ。

【8月10日追記】
 豊成小学校の隣接地にある池は、自然のものではなく以前の地主が掘ったものであることが判明しました。お詫びして訂正します。
  

Posted by 松田まゆみ at 11:44Comments(4)TrackBack(0)河川・ダム

2011年07月29日

浸水公園になった親水公園

 今日は用事があって帯広に出かけたのだが、そのついでに久しぶりに札内川と帯広川の合流点につくられた親水公園に行ってみた。




 札内川と帯広川の合流点に、かつて「親水公園」なるものが造成された。遊水池、カヌー乗り場、東屋、駐車場などの施設だ。以下がその看板。この図の下方に札内川が左から右に流れている。




 ところが、この「親水公園」、造成後まもなくして水位が上昇し、水浸しになってしまった。その原因は、もともと十勝川に注いでいた帯広川を、「治水」目的に河川管理者が強引に支流の札内川に合流させてしまったからだ。

 札内川は流れが速く、大量の礫を運ぶ川だ。そこに流れの緩やかな帯広川を合流させたため、札内川が運ぶ礫によって帯広川が河口閉塞を起こし、親水公園の水位が上がってしまったのだ。自然の摂理に反するようなことをするのだから当然なのだが、河川管理者はこんな事態も予測できなかったらしい。その後、河口にたまった砂利を何度か掘削したようだが、当然のことながらすぐに閉塞してしまう。

 河川管理者は仕方なく、水路を掘削して帯広川の河口を下流に移動させた。しかし、親水公園の池の水位は下がらず、すっかり水没してしまったというわけだ。だから、東屋も水につかったまま。親水公園ならぬ浸水公園になってしまった。




 カヌー乗り場の階段もかなり水没し、藻が茂っている。池に近づいたら、草陰からカルガモの親子が出てきた。茂った藻を食べていたようだ。東屋の屋根にはアオサギがくつろいでいる。人間のための親水公園が、野鳥たちの公園になっていた。

 河川管理者は自然を思うままに改変できると思っているのかもしれないが、こんな姿勢こそ人間の驕りだろう。

 やたらと人工的な施設をつくればいいというものではない。こういうお仕着せの施設は、たいてい使われずに老朽化していくのだ。河川敷といえば運動施設や公園をつくり、芝生を植えて管理したがる。しかし、子どもたちにとって本当に楽しい遊びの場は、自然そのものの中にあるはずだ。今の大人たちはそういうことを忘れてしまい、きれいに整備された施設を押し付けたがる。

 この浸水公園のことについては、「ショートカットの愚行」という記事でも触れている。
  

Posted by 松田まゆみ at 22:44Comments(2)TrackBack(0)河川・ダム

2011年05月22日

地震で決壊した藤沼ダム


 東日本大震災では、地震と津波の被害に原発事故が重なって最悪の事態になってしまった。この地震によってダムが決壊し複数の方が亡くなられたのだが、このダム決壊のニュースは大震災の陰に埋もれてあまり知られていないようだ。

その時 何が(5)ダム決壊(須賀川) (河北新報社)

 決壊したのは福島県須賀川氏の藤沼ダム(藤沼貯水池)で、灌漑用のアースフィルダムだ。地震によってダムの堤体が崩れて死者を出したほか、田畑や家屋も被害を受けた。下流の人たちにとって、ダムの決壊などまったく頭になかったのだと思う。以下は藤沼ダムの決壊後の様子だ。



 私はこのブログで、地震大国、火山大国である日本では、地震や火山噴火がダムの決壊を引き起こす可能性があることを以前から指摘していたのだが、藤沼ダムの決壊によりその恐れが現実のものとなった。八ッ場ダムでは、計画当初から建設予定地の地質のもろさが指摘されているし、上流にある火山が噴火して泥流などが発生したなら、品木ダムや八ッ場ダムが決壊する可能性は否定できない。万一そのようなことが起きたならダム湖からの鉄砲水による下流域の被害は計り知れない。日本にはそのようなリスクのあるダムが多数あるだろう。

 クリーンなエネルギーだと嘘を言って推し進められてきた原発は、取り返しのつかない放射能汚染を引き起こしている。大地も海も生き物も汚染されてしまった。それだけではなく、原発は大量の海水を温めて海の生態系を乱しているのだ。温暖化にも加担している。福島第一原子力発電所の事故で、「クリーンな原発」という嘘も暴かれ、自然エネルギーや水力発電が注目されてきているようだが、ダムによる水力発電も河川を分断し、取り返しのつかない自然破壊を起こすことに変わりはない。

 原発が危険だからといって、水力発電用のダムを建設することは賛成できない。また、原発に耐用年数があるように、コンクリートにも寿命がありダムもやがて耐用年数に達するだろう。堆砂対策にも巨額の費用がかかるし、撤去にも巨額な費用がかかる。しかし、建設時にはそういったコストはほとんど考えられていないのではなかろうか。そういうダムのリスクも今のうちから考えておかねばならない。発電に水力を利用するのであれば、巨大なダムではなく流水を利用した小規模のものを考えるべきだ。幸い、日本は水の豊かな国なのだから。

 いずれにしても、今までと同じだけのエネルギーを何としてでも維持しようという思考に私はついていけない。まずは節電をもっと徹底すべきではないか。
  

Posted by 松田まゆみ at 17:34Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム

2011年04月28日

高杉晋吾氏が語る八ッ場ダムの中和システム・ヒ素問題


 八ッ場ダムについて精力的に取材し、問題点を指摘しているのがジャーナリストの高杉晋吾氏だ。高杉氏の主張は著書「谷間の虚構 真相・日本の貌と八ッ場ダム」(三五館)にまとめられているが、とりわけ問題視しているのがヒ素問題であり、中和システム問題だ。それについて高杉氏自身がUstreamで解説をしている。

高杉晋吾・日本のダム問題~八ッ場ダムを中心として



 日本は地震大国だ。先日の東日本大震災では地震と津波が福島第一原子力発電所の原子炉を破壊し、未曾有の大事故を引き起こした。

 自然災害は人類の造った建造物をいとも簡単に破壊してしまう。人類の文明など、自然の力に対してはなす術がない。高杉氏は、ダム周辺で大地震が起きたり、上流域の火山が噴火してダムが決壊したなら、猛毒のヒ素を含む汚泥が東京湾にまでなだれ込む可能性があると警告する。原発事故のように、多くの人は実際に事故が起こるまではそんな惨事を考えもしない。しかし、地震や火山によるダムの決壊も、もちろん可能性としてあるのだ。そんなことはあり得ない、と高をくくるのは軽率だろう。

 どうやら日本列島は地震や火山の活動期に入ったようだ。日本は原発だけではなく、地震や火山噴火によってダムが決壊するという危険も抱えている。

 なお、高杉氏の著書「谷間の虚構」については以下の記事を参照していただきたいが、詳しく知るためには是非本を読んでいただきたい。

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その1)

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その2)

八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その3)
  

Posted by 松田まゆみ at 15:05Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム

2011年02月26日

国交省のパブリックコメントの潰し方・国民の騙し方

 関良基さんが、「国交省が握り潰した地質学者のパブコメより」という記事を書いている。以下の記事に寄せられたコメントについて書いた記事だ。

ウソの上にウソを積み重ねる国交省官僚たち

 ある地質学者(拓大の地形・地質屋さん)が、パブリックコメントで八ッ場ダム周辺の地質のもろさを指摘したところ、そんなものは届いていないと言われた。抗議して追求したところ、締め切り後に届いたので取り扱わない保存箱から見つかったと言い訳をされたそうだ。

 私が十勝川の河川整備計画へのパブコメを送ったときにも、似たような不可解な体験をしている。

意見募集をめぐるお粗末

 今から考えると、このブログタイトルは不適切だ。帯広開発建設部の対応は「お粗末」というより「不可解」であり、不都合な意見の排除をしたかったのではと疑われても仕方ない。

 関さんも書いているが、国交省は事業を推進するためには嘘も、捏造も、隠蔽も、住民のかく乱も何でもやるのだ。自然保護団体の人たちは、今までの闘いの中で、そういう国の騙し行為を嫌と言うほど知っている。そういう機関であることを、国民は身を持って知っておくべきだ。

 地質学者の指摘する、ダムの湛水による地すべりの可能性の問題は、以下の記事にも書いている。地質の専門家の間では広く知られたことだろう。地質学者さんが意見書の冒頭に書いている「河川の流量問題中心だけの議論では、真の治水・利水対策にはなりえません」という指摘は重要だ。

八ッ場ダムの地すべり問題

 地すべりだけではない。火山地帯の日本では、いつ大規模な噴火が起きて火砕流や泥流がダム湖を襲ってもおかしくない。地震を引き起こす断層だってあちこちにある。ところが、そんな危険性は地域住民には知らされていない。

 上高地には何回か行っているが、梓川の峡谷に次々と現れるダム湖には、正直いってぞっとさせられる。この上流には活火山がある。もし大規模な噴火が起き泥流が発生したなら、梓川のダムはどうなるのだろう? ダムだらけの日本には、おそらく危険なダム湖がたくさんあるのだろう。

 八ッ場ダムは二重、三重に危険だ。大惨事が起こってからでは遅いという当たり前すぎることが、この国の責任者は分からないらしい。というより、国民の命より、自分の利権のほうが大事らしい。
  

Posted by 松田まゆみ at 14:55Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム

2011年02月22日

基本高水の検討を依頼された日本学術会議の正体

 先日の「基本高水とは何か?ダム反対とはどういうことか?」という記事で、国交省が日本学術会議に利根川の基本高水流量の学術的評価を依頼していることを書いた。

 で、昨日のことだ。藤原信氏の著書「緑のダムの保続-日本の森林を憂う」(緑風出版)のことを思い出した。「緑のダム」に関わって利根川の治水のことが書かれていたと記憶していたからだ。

 「第2部“緑のダム”の保続」の頭から、日本学術会議の批判だった。日本学術会議は設立当初は科学者の自主的組織として独立性が尊重され、会員の選出が公選制であった。そして、かつては政府に対しても原子力政策批判、ベトナム戦争反対、天然林の保護を求めるなどといった活動をしていた。ところが、1984年に日本学術会議法の一部改正が行われ、会員の選出は推薦制となり、政府の監督権限が強まったという。かくして、昨今では政府の御用機関の傾向が強くなっているというのだ。

 そして、森林の水源涵養機能に関して、日本学術会議は2001年に政府、農林水産省、国土交通省の意に添う「答申」を出しているのだ。藤原氏によると、この答申を書いたメンバーは、政府、国土交通省、農林水産省、林野庁等の各種委員会の常連とのこと。つまり御用学者だ。この答申では森林の水源涵養機能について以下のように書かれているそうだ。

 洪水緩和機能は、森林が洪水流出ハイドログラフ(「時間」とともに変化する川の流量値と波形をグラフで表したもの)のピーク流量を減少させ、ピーク流量発生までの時間を遅らせ、さらには減水部を緩やかにする機能であり、おもに雨水(洪水波形)が森林土壌中に浸透し、地中流となって流出することによって発現する。すなわち、森林がない場合に比べ、山地斜面に降った雨が河川に流出するまでの時間を遅らせる作用である。しかしながら、大規模な洪水では、洪水がピークに達する前に流域が流出に関して飽和に近い状態になるので、このような場合、ピーク流量の低減効果は大きくは期待できない。
 なんとダム推進派におもねった答申だろうか。ダム推進派はこれを根拠に、大規模な洪水には緑のダムは役に立たないと主張したそうだ。

 これを読んで、国交省が日本学術会議に基本高水の再検討を依頼したことの意味がはっきりした。御用組織に「緑のダムは大洪水の緩和には役立ちませんよ」という結論を求めているのだ。

 しかし、藤原氏は「大洪水においては顕著な効果は期待できない」という答申には、何ら科学的根拠はないという。長野県林務部が2001年に取りまとめた「森林と水プロジェクト(第一次報告)」では、森林の保水力調査を行って流域の有効貯留量を推定している。そのモデルによって算出した河川の最大流量は、県土木部のモデルによる計算値の半分程度になったという。このことからも従来のモデルが森林の保水力を考慮していないことがわかるし、森林の保水力の大きさがわかる。ダムを推進する国や県が、森林の保水力を考慮していないモデルを使っていることはこの時点で分かっていたのだ。

 結局、森林の保水力をどのように評価するか、どのようなモデルを使うかで、高水流量はいくらでも変わるのだ。雨の降り方のパターンを変えることでも高水流量は変わる。「安全」を盾に流出量が大きくなるモデルを使いたいというのが国交省の本音だろう。そうすればおいしいダム工事ができるし、ダムができたあとはまた河川改修工事ができるのだ。

 高水流量の値は、考え方によって(使うモデルによって)違ってくる。基本高水の根拠を追求し嘘を暴くのは大事だが、根拠も示さず御用学者を利用する国と高水議論ばかりしていても前に進まない。多方面からの問題提起が必要だ。

 国は洪水にたいする「安全」を強調し、基本高水を持ち出してダムを推進するが、ならばダムの危険性だって問題にしなければならないはずだ。万一ダムが決壊したなら、堤防から水が溢れる場合とは比べものにならない大規模な被害が生じるのは間違いない。いずれ耐用年数に達したときの撤去のコストも、堆砂の問題も、造る前に考えておかねばならない。しかし、国は国民がそういったことに目を向けないようにしているのだ。

 最後に、藤原氏の以下の文章を紹介しておこう。この本の最後に書かれている言葉だ。

 森林の公益性の評価(第2部第1章)にあたり、国土交通省や建設業界の意向に添って、“緑のダム”の機能を低く評価した「答申」を出した日本学術会議には、“恥を知れ”といいたい。これは明らかに、国民の信頼を裏切る行為である。
 科学者の公選制による学術会議の復活を望みたい。
  

Posted by 松田まゆみ at 12:06Comments(0)TrackBack(0)河川・ダム